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転機は好機、これが私の進む道

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CRAFTRIPライター

原 万史子

お客様、そしてかすみがうら市のために

茨城県かすみがうら市で観光果樹園を営む矢口奈々さんは、全くの未経験から農業に携わるようになった農家の一人。

もともとは生まれ育った茨城県つくば市で、美容師をしていた矢口さん。結婚を機に農業に携わるようになった訳だが、初めは農業について何もわからない、自分にはできないと思っていたようだった。しかし現在は、ナシやブドウ、カキ、クリを育てる観光果樹園を率いており、新型コロナウイルス感染症の流行前と比べて約6倍の集客数を誇っている。

一朝一夕にはいかない農業で、「お客様のために、そしてかすみがうら市のために」と奮闘する姿がそこにはあった。

創業から約60年続く「矢口果樹園」を率いる、矢口さん
創業から約60年続く「矢口果樹園」を率いる、矢口さん

「子供から大人まで、4世代で楽しめる観光果樹園」を目指して

農業を始めて嬉しかったことは、「果物狩りをしたお客さまが楽しんで帰ってくれるところ」と、矢口さんは言う。より多くのお客さまを笑顔にするため、創業から約60年続いている矢口果樹園の経営方針にも手を入れている。

例えば、以前は観光協会に在籍し、他の果樹園と一律料金でフルーツの食べ放題を提供していた。しかし、矢口さんはそれではサービスの充実化が図れないと考え協会を退会。矢口果樹園独自の方針で観光果樹園を経営するようになった。

「どうしたらもっと楽しんでもらえるのか」ということを常に考え、新しい施策を次々に打ち出しており、収穫体験や持ち帰りの提供を始めたのも、その一環である。この施策により、多くの家族連れのお客さまに来園していただいていると言う。

それでも、観光果樹園だからこその悩みも尽きないようだ。例えば、「写真とイメージが違った」「今年は全然ぶどうが少なかった」と言った口コミをお客様から書かれてしまうこともあるそう。また、集客率を増やしたがゆえに、駐車場や予約において問題が発生してしまったこともあった。

客商売となればこうした問題は尽きないが、「落ち込んでも仕方ない、全員が楽しかったと思えるように改善していこう」と自分を奮い立たせている。

実際、矢口さんに取材をしていて感じたのは、「ポジティブである」ということ。自然にゆだねることが多い農業には、避けては通れない問題が発生してしまうことがある。そう考えると、心無い口コミを投稿されてしまうのは、当事者でなくとも心苦しい。しかし、そういったことを果樹園、ひいてはお客様のために、より良いサービスを提供するためのバネにしてしまう矢口さんは、意気盛んに映った。

取材に訪れた10月はカキのシーズンだった
取材に訪れた10月はカキのシーズンだった

現在、矢口さんが取り組んでいるのは、果樹園のフルーツを使った6次産業。

矢口果樹園で育てた梨を「奈梨(ななし)」と名付け、奈梨を使った焼き肉のタレを開発。果樹園のフルーツをそのまま売るのではなく、加工品として売るようになった背景には2つの理由があるそう。

1つ目は、フードロスの削減。いわゆる規格外品(味に違いはなく、大きさや傷が気になるもの)を利用して、加工品を作っており、矢口果樹園で採れるフルーツの美味しさを余すことなく提供している。2つ目は、核家族化。これまで、キロ単位で売れていたようなフルーツも、核家族化が進んだことで、ばら売りでしか売れなくなってしまったそう。そのため、日持ちする加工品のほうが手に取ってもらいやすいのではないかと考え、焼き肉のタレの開発・販売に至ったとのこと。

この焼き肉のタレは、果樹園だけでなく、茨城空港でも販売している。“茨城の入口”で販売することで、「茨城県、そして、かすみがうら市は、“果樹の町なんだ”ということをアピールして、町に来る人をもっと増やしたい」と、矢口さんは語る。

食べ放題・収穫体験のほかに、店頭販売も行っている
食べ放題・収穫体験のほかに、店頭販売も行っている

農業へのイメージを、新しい3Kに変えたい

農業は以前より「きつい、汚い、危険」という3Kのイメージを持たれてきたからこそ、矢口さんは、3Kのイメージを「かっこいい、稼げる、キラキラ輝ける」へと変え、若い人でも農業ができることを広めていきたいという。

矢口さん自身、農業を始める際に周りから「大変だね」と言われたそう。しかし、実際始めてみたら楽しいものであったし、果樹園へ来てくれたお客様が「美味しい」と育てたフルーツを食べてくれるのが嬉しいのだと、笑顔で語る。

農業の大変さがわかるからこそ、その先にある「農業のやりがい」を広めていきたいと考えている矢口さん。そして、いずれは観光地としてもかすみがうら市をアピールしていきたいとのこと。霞ヶ浦をはじめ、自然豊かなかすみがうら市を農業という面から後押しする矢口さんが、私の目にはキラキラ輝いて見えた。