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うま味がつなぐ、地域共創の輪

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CRAFTRIPライター

原 万史子

食文化がつむぐ、地域づくり

秋冬の旬を迎えると全国さまざまな飲食店で見かける大分のしいたけ。年間を通して味わうことができる乾しいたけの生産量一位で知られる大分県では、そのおいしさが日常的に親しまれている。

大分県佐伯市の郷土料理として知られる「雪ん子寿司」は、その代表例といえるだろう。

大分県佐伯市の郷土料理「雪ん子寿司」
大分県佐伯市の郷土料理「雪ん子寿司」

2000年に開催された「第14回きのこ料理コンクール全国大会」で最優秀賞 / 林野庁長官賞の2つを受賞した雪ん子寿司。もともとは、佐伯市で「愛の里工房」を営む高橋文子さんの「佐伯のお土産を作りたい」という思いのもと開発された。そんな雪ん子寿司は、現在道の駅や県内のデパートで販売され、地元の人たちから観光客まで、多くの人に親しまれている。

シャリの上に地元産の乾しいたけの煮漬けと大葉、薄切りにされた大根の酢の物を乗せた「雪ん子寿司」。全てが調和し、さっぱりとした口当たりの雪ん子寿司はくせがなく、箸が止まらない美味しさだった。

「しいたけが苦手な人も皆、これなら食べられるって言うんです」という。雪ん子寿司は、乾しいたけの魅力を存分に生かしたおいしさで、「行事には欠かせないものだ」と地元の人たちが口をそろえるほど日常に溶け込んでいる。

芽吹いたしいたけに、雪がかかっている様子をイメージして名付けられた「雪ん子寿司」。どこか懐かしく、かわいらしいその名前通りに、素朴で何個でも食べられそうだ。大分を訪れたら、ぜひとも手に取ってもらいたい一品だ。

「食を通じた地域づくりが目標なんです」

そう語る雪ん子寿司を考案した高橋さんは、雪ん子寿司をはじめ、地元で親しまれる料理を提供し続けている。高橋さんが営む「愛の里工房」では、地元の食材を使い、働き手として地元の人の力を借りている。

高橋さんの「佐伯のお土産を作りたい」という当初の思いが実現し、さらに「食を通じた地域づくりがしたい」という目標が生まれた。食材は地元のものを使い、働き手として地元の人たちの力を借りる雪ん子寿司は、佐伯市の地域共創につながったと言えるだろう。

高橋さんは、2023年5月に農業、商業、工業等などに精励し、他の模範となるような技術や事績を持つ方に送られる「黄綬褒章 (おうじゅほうしょう)」を受賞。

まさに、食を通じた地域づくりという目標が達成されたのではないだろうか。地元の食材を使い、地元の人たちの日常に根付いた郷土料理。これからの地域共創の鍵があるのかもしれない。

地元大分から九州、そして日本へ…

雪ん子寿司以外にも、大分県では乾しいたけを使った料理が親しまれている。例えば、佐伯市にあるレストラン・コリーヌでは、ブランド乾しいたけ「うまみだけ」を使った「しいたけ御前」を提供している。

レストラン・コリーヌ提供される「しいたけ御前」
レストラン・コリーヌ提供される「しいたけ御前」

春と秋に旬を迎えるしいたけ。レストラン・コリーヌでは、基本的に乾しいたけを使用しているが、旬に合わせて「しいたけ御前」を提供。しいたけの味を存分に楽しんでもらえるよう、季節の食材と掛け合わせながら和洋さまざまな形で調理し、年間を通じてお客様にしいたけのおいしさを届けている。

このしいたけ御前に入っている「しいたけの煮びたし」は、九州を横断するクルーズトレイン「ななつ星」でも提供されている。

そのきっかけは、レストラン・コリーヌを運営する橋迫喜美代さんの「乾しいたけ」愛だった。自らが惚れ込んだ乾しいたけの味を、多くの人に知ってもらいたいと思っていた橋迫さん。その手段の1つとして、九州内外から多くの乗客が集まるななつ星で、乾しいたけを提供できないかと考えたのだ。「しいたけの煮びたし」のレシピを提案したところ、シェフ直々に「ぜひ橋迫さんがつくってください」との言葉をもらった。こうして、橋迫さん自らがつくった乾しいたけ料理が、ななつ星で提供されることになったのである。

「おいしいしいたけを食べてほしいという生産者の思いを届けたい。そのためには、どれだけ多くの人に食べてもらうかだと思ったんです」

乾しいたけの消費が落ち込む今日の状況を受け、自然と多くの人が乾しいたけをくちにする機会をつくればいい。橋迫さんはそう考えた結果、ななつ星にたどり着いたのだった。

また、他にも乾しいたけが食卓に並ぶことが当たり前になるような取り組みをしている。

地元の人たちを対象に、橋迫さんはしばしば料理教室を開催している。その際には、乾しいたけを使った家庭料理を紹介することもあるという。自宅に帰ってしいたけを使った家庭料理を作ってくれれば、子供たちが地元のおいしい乾しいたけを口にする機会が増えると考えたからだ。

地元の食材を誰よりも愛し、自らが営むレストランでもふんだんに使っているからこそ、その良さを地元の人たちにも知ってもらいたいという思いが強いようだった。

なぜ橋迫さんは、それほどしいたけを好きになってほしいと思ったのか。それは、乾しいたけのおいしさの裏には、生産者の大変な努力があることを知っているからだ。

原木の伐採から収穫まで、2年もの月日がかかるしいたけ栽培。自然というコントロールできないものを相手に戦い続け、芽が出たしいたけは、いわば「生産者の努力の結晶」なのである。橋迫さんは、そんな努力とおいしさが詰まった乾しいたけを多くの人に食べてもらうということは、生産者の夢を叶えることだと信じているのだ。

「食を通じた地域づくりをしたい」という高橋さん。「多くの人に乾しいたけの味を知ってもらいたい」という橋迫さん。

しいたけの現状から考えれば、このお2人の活動は、まだ小さな一歩かもしれない。しかし、私はここに無限の可能性を感じた。

乾しいたけのおいしさを知ることで、消費が増えるかもしれない。おいしいと思った人が、それをさらに広げていくかもしれない。はたまた、自分もおいしいしいたけを育ててみたいと思う人も表れるかもしれない……。

大げさかもしれないが、そんな未来を想像してしまう。

乾しいたけの生産量・消費量は年々落ち込んでいるのは変え難い事実である。

だからこそ、たとえ小さくても一つひとつの取り組みが大切なのではないだろうか。その小さな取り組みが地域の食を変え、いつか日本の食文化さえ変えることになるかもしれない。大分県の乾しいたけには、そんな力があるように感じた。