第6章
松阪豚と地元への愛

CRAFTRIPビデオグラファー
熊谷 拓郎
松阪市の中心街から10分ほど車を走らせたところに、高めの格子で囲まれた広い敷地がある。道路側には木々が植えられ、それが鬱蒼と生えているので、外から中を覗くことはできない。敷地内に入り耳を澄ますと、わずかに動物の鳴き声が聞こえてきた。
「ブーブー、ブヒ、ブヒ」
養豚場だ。今日はここにお邪魔することになっている。
「こんにちは~よろしくお願いします」
大阪訛りとは少しイントネーションが違う松阪弁で出迎えてくれた女性は、橋本妃里さん。松阪市で唯一の「松阪豚」専門の精肉店のオーナーであり、同時にこの養豚場の事業承継者でもある。
この養豚場はもともと、山越弘一さんが独り粛々と50年以上経営してきたそうだ。山越さんは、全国養豚経営者会議(現:一般社団法人 日本養豚協会)を20代で立ち上げ、副会長や会長を歴任した業界では非常に有名な方。
その山越さんが肥育した松阪豚を口にしたことがきっかけで、橋本さんは精肉店を開業。その後、山越さんが病に伏せたこともあり、養豚場の事業承継も行う形となり、現在は、より環境や豚の生態に配慮した循環型の生産体制を目指し、新しい養豚農地の購入まで検討している。
「私は普通のOLでしたからね。あと、そもそも地元が本当に嫌いだったんですよ、松阪豚のことも全然知らなかったですし」
橋本さんはどうして、松阪豚に魅せられ、ここまで突き動かされたのだろう。そんな疑問を胸に抱きながら、わたしはカメラを回し始めた。松阪豚のルーツと継承者のモチベーションの根源を、記録として残すために。